"アオイってさ甘いもん嫌いじゃねぇよな?"

 昼の会話を思い出し、波立つ心を落ち着かせようとテラスへでたのは悠久の王キュリオだった。

「そろそろ三月十四日か……」

(早々に渡した者が優位に立つわけではない。重要なのはアオイの心に響く私の想いをカタチにしたものを選ぶことだ……)

"わ、……っわたしの本命はお父様ですからっっ!"

 こんな時にも自身の心をなだめようと現れた愛しいアオイにキュリオは小さく微笑んだ。これはもちろん彼の都合上思い返されたアオイなのだが、その言葉がどれほど影響を与えたのか彼女は知らないだろう。

「私には永遠に縁のない日だと思っていたが……贈る相手がいるというのは嬉しいものだな」

 バレンタインデーを自分とは無関係な日と位置づけていたキュリオ。
 しかし、最愛の人からそれを受け取ったとあらば、必然的にホワイトデーの当事者となり……互いに本命であるのだから最高の想いを届けたいというのが本音だった。

「しかし何を贈ればアオイは喜ぶのだろう……」


(遅くなっちゃった……)

 放課後の教室でミキやシュウと共に宿題へ取り組んでいたアオイは、呼吸を乱しながら城門目指して走った。
すると、いつもより遅い姫君の帰城に迎い出た門番が安堵の表情で"おかえりなさいませ!"と声をかけてくれる。

「た、ただいまっ!」

 挨拶もそこそこに巨大な敷地を駆けていると、視界の端で月が揺らめいた気がした。

「……?」

 それにしてはあまりに低い位置であることから、それが月ではないのだとすぐに理解したが……
 その正体を知って思わず納得してしまう。

「お父様――」

 暗がりのなかで一際映える王の光をアオイは月と見間違えたのだ。

(どうしたのかしら、あまりお顔が優れないみたい……)

 歩調を緩めながら近づいていくと、銀髪を風になびかせたキュリオの視線がアオイを視界に捉えた。

「……アオイ? いつからそこに……」

 こちらに気づいたキュリオもまたゆったりとした歩調で近づいてきた。

「ただいま帰りました。ごめんなさい、学校で宿題してて……」

「そうか。人の目があるからと遠慮してはいられないな」

「え?」

「明日から帰りは一緒だ。教室へ迎えに行くから待っていなさい」

 キュリオはアオイの細首で光るチョーカーを指先でキスするように満足げに撫でた。

「でもそれって……」

(お父様は学園では先生だし、生徒の私と仲良くしているところを見られるのは……)

「あとで宿題をみてあげよう。食事の前に湯浴みをすませてくるといい」

 アオイの言いかけた言葉の先をキュリオはもちろんわかっている。
 しかし、それを言わせなかったのは"お前は悩まなくていい"のだと、アオイの余計な心配を制止させるためのものだ。

 促されるように城内へ誘われると、今朝ぶりにアオイの姿を目にした年若い剣士と魔導師の二人が弾けるような笑顔で駆け寄ってきた――。