時刻は5時40分。
夕ご飯には少し早いし、まだまだ暑いから持って歩いていたら腐ってしまうかもしれない。
どうしよう、と功を見上げると、こっちを見下ろしていた双眸と目が合った。
「…アイスでも食う?」
「ん、食う」
「んじゃ、待ってろな」
エナメルバッグを地面にドサリと落として、財布だけを抜き取った功がコンビニへ猛ダッシュ。
すぐそこなのに、そんな汗をかくような事しなくていいんじゃないかな。
功はいつも効率が悪い。急ぎ過ぎると後でバテてしまう事くらい、わかっているだろうに。
そうは思ったけれど、コンビニに入って行った功にはもうわたしの声は届かない。
重いエナメルバッグを半ば引きずるようにして、日陰に移動する。
木々を揺らす風の音、けたたましいセミの声。
スニーカーを地べたに這わせて滑らすと、ジャリッと細かな砂がこすれ合う音が弾ける。
微かな音さえ、聞き零さないないように、ふっと息の音を潜める。
あ、そっか……
この場所には、雑音がないんだ。
だからこんなにも落ち着いていられる。
本当は落ち着いていられる状況じゃないのに、冷静に呼吸が出来るのは、この土地の雰囲気のおかげかな。
木の根にお尻を乗せて、足をうんと伸ばす。
白い靴下に跳ねた泥が何故か勲章のように見えて、わたしを誇らしくした。
ふと、わたしがこの場所に来るまでに少しずつ置いてきたモノたちの事を思い出す。
教室を飛び出た瞬間。
靴を履き替えた瞬間。
校門を出た瞬間。
帰り道を変えて、駅へ向かった瞬間。
何度も逡巡しながら、それでもひとつずつ、放り投げて、捨てた。
それを帰り道で拾わなければいけないのだと思うと、途端にシャーペンが紙面を滑る音や教科書を捲る音が耳奥に燻り出して、逃れるようにブンブンと首を振る。
今は…忘れようって思って逃げてきたのに、思い出してどうするの。
物理的な逃避行だけじゃない。
これは現実逃避でもあるのだから。
忘れたって、いいんだ。
……ねえ、いいんだよね。



