時速六十kmで走る俺ときみを、夜が追いかけてくる。


逃げたかった。けど、夜に飛び込みたかった。


外灯のない暗い夜道を照らすのは、月明かりだけ。

車を降りて、足場の悪い道を歩いていく。

きみの手を離さないで、ずっと握っていた。


「ほら、あいつだ」


小高い丘に着いたとき、ドン!と大きな音がした。

月明かりを一瞬かき消したその明かりで、俺ときみ以外の人の姿もぽつりぽつりと見えた。


だけど、そんな人の姿なんてきみには見えていなくて。

あの夏の花よりも大きな花が空に咲く。

日本で一番、大きな花が咲く場所を調べた。

一番、綺麗に見える場所はここではないけど、一番大きく、近くで見ることができるのはここだった。


「あ……」


空に伸ばされた、きみの手が届きそうな気がするんだ。

俺は、それを止めることができない。


爆音に震える体をきみの右側から一歩分離して、目を閉じる。


夜が更けて、変わらない朝が来たら、俺はまたきみをこの腕に閉じ込めて、空を見上げるきみの目を塞いでしまうから。


いまは、いま、この瞬間だけは。



「きみと、空の間に」


アイが、咲きますように。