どこに行ったって、どんな景色を見たって。
隣に俺がいたって、ポケットに思い出を詰め込んで増やしていったって。
どうせ、きみは満たされない。
ほら、こんなにも綺麗な空色の花がきみの周りを満たすのに、きみが見上げるのは本物の空。
その瞳にうっすらと涙の膜が張っていく。
たまらなくなって、俺はきみの眼前に手のひらを広げた。
本当は、遮るものなんて何もないきみと空の間に、寂しさだけが漂うのなら、それさえも隠してしまいたい。
空には届かないこの手が、きみの吐息を感じる距離にある、幸せを。
「もう、いいだろ。あいつのことは」
情けないくらい震えるつもりだった声は、自分が思うよりもずっと冷たくて棘を持っていた。
空には届かない、あいつには、刺さらないけど。
今、俺の一番近くにいるきみの心臓の真ん中を貫くことは容易かった。
「わたし、あの人が好きだったのかな」
この期に及んで、まだそんなことを言う。
幼い頃の言い争いが、頭の中に声と姿で蘇る。
幼馴染みは偶数がいい?
そんなの、あいつときみを羨んで一歩下がった場所にいた俺への当てつけだ。
きみとふたりでいたいのなら、俺だって偶数を望んだ。
だけど、あいつにいてほしかった。
きみがあいつを想うくらい、俺もあいつが大切だった。
苦しくても、胸を焼く劣情に吐き気がしても、どうしたってひとりにはならないように、奇数でいたかった。
「きみはあいつが好きなんだよ」
今も、一番そばにいる俺よりも、ずっと。
手を伸ばせば触れられる距離にいる俺なんかよりも、遮るものはないけど触れられはしない空にあいつを重ねて、そんな顔をするのだから。
「ねえ、──」
きみがあいつの名前を呼ぶのは何年ぶりだろう。
息を止めたあいつのそばで、泣き崩れながら、掠れた声で何度も呼んでいたのが最後だったはず。
以降、きみは決して俺の前であいつの名前を呼ばなかった。
「届かなくても、いいの」
目の前に翳された俺の手の指の隙間から、きみが見上げた空に、泣いたって、叫んだって。
あいつに向けられた言葉は、俺にしか届かない。
「もう、いいの」
俯いたきみの瞳から、地上に咲く空色に落ちた透明な雫は、俺のせい。



