夏色の空に手を伸ばす。

海と空が反転したような世界は、夏という季節の中でもたったの数日、数瞬しか見ることができない。


空がさざめいて、海が流れる。

蜃気楼に揺れる古いトンネルの向こう側で、きみはいつも手を振っていた。

僕にではなく、過ぎ去った昨日に。


「彩夏!」


小波の音にかき消されないように、他人の前では照れて張り上げようとしても喉を上りきれない声を、きみに向けて発する。

夏の匂いをはらむ風に絡ませてきみの耳に届けって、心の声の方が飛び出しそうなくらい、叫んでる。


トンネルの向こう側、湧き水が浸した小道にきみはサンダルを履いた足を跳ねさせて、僕に手を振る。


その手のひらが『さよなら』を仰いで飛ばしたがっていることは知っていた。


夏の終わりが寂しいから、夏が嫌いになった。

夏の終わりが恋しいから、夏を甘んじた。