「ご自分でお弁当を作られたことはありますか?」

「いや……」


僅かな苛立ちを見せながらも首を横に振った男性に、小さな笑みを向ける。


「お弁当を作るのって、とても大変なんです」

「え?」

「朝早く起きたり、夏場は腐らないように気を遣ったり……。彩りやおかずの種類、詰め方なんかを考えて作らなければいけないので、とても手間暇がかかるんですよ」


私の話に耳を傾けていた男性は、カバンに視線を落とした。


「私も週に二回、主人のお弁当を作るんですけど、毎回結構大変なんです。そんなことを、奥様は毎日欠かさず熟されているんでしょう?それって、大切な人のため以外にはなかなかできることではないと思います」


不意に、彼がカバンのファスナーを開け、お弁当箱を取り出した。もしかしたら、今日もどこかで食べたであろうその味を思い出しているのだろうか。


「お弁当はもちろん、シャツにアイロンをかけて、靴だってピカピカに磨いて……」

「え?」


不思議そうに顔を上げた男性は、笑顔の私と目が合ったあとで自分の靴を見つめた。
側面は擦れていたりとわりと年季が入っているけれど、目立った汚れは見当たらない。それがどういうことなのか、彼はきっとわかるだろう。

程なくして、男性がスーツやシャツを順番に見つめていった。ずっと下ばかり見ていた彼の視線が、少しずつ上がっていく。


店内に流れるオルゴールの音色が私たちを優しく包み、レースカーテンを掛けた窓から射し込む光がテーブルをそっと照らしている。


ほら、ひとつずつ思い出して。
あなたの傍にいる人の想いの欠片を──。


そうすれば、きっとなにかが変わるはずだから。