小説ばかりが並ぶ本棚から、毛色の違う一冊を手に取る。随分前からここにあるこの本は、もしかしたらこの日のためにずっと居座っていたのかもしれない。


男性のもとに近付き、小さなテーブルにそっと本を置く。彼には不釣り合いなカバーイラストだけれど、きっとこの中に詰まっているストーリーからなにかを感じてくれるはず。


ゆっくりと顔を上げた男性は、少しの間カバーイラストを見つめたあとで私に視線を向けた。私は疲れ切っているような彼に微笑みを返すと、おもむろに口を開いた。


「今のあなたにぜひ読んでいただきたい一冊です」

「え……?」

「オムニバス形式になっている漫画なんですけど、すべてのストーリーに夫婦のことが描かれているので、きっとなにか伝わるものがあると思います」


にっこりと笑った私に、男性は戸惑うように漫画に視線を落とし、程なくしてほんの少しだけ苛立ったような表情になった。


「私は、漫画は……」


なんとなく予想していた通りの言葉が返ってきたことに苦笑してしまいそうになったけれど、彼のカバンに視線を遣ってから破顔した。


「そのお弁当、奥様の手作りですか?」

「え?……あぁ」


カバンの隙間から覗くのは、青いチェックの包み。結び目にはお箸が刺さっていて、それを見た瞬間にお弁当箱だというのがすぐにわかった。


「お昼は、いつも奥様が作ってくださるお弁当なんですか?」

「はぁ、まぁ……。結婚してからは、妻が出産で入院していた時以外はずっと……」


怪訝な顔をしていながらも答えた男性の言葉に、自然と笑みが零れた。だって、主婦ならそれがどれだけすごいことなのかということがわかるから。