「うーん……」


本をテーブルに置き、両手をグッとあげて丸まっていた体を伸ばす。時計を見ると四時を過ぎたところで、ようやく一時間近く読書に没頭できたことに気付いて笑みが零れた。


待ちわびていた小説の新刊を昨夜手に入れた私は、朝から来客の合間に少しずつ読み進めているのだけれど、今日はいつもよりも客足が多くてなかなか時間を確保できずにいた。


本当は昨夜のうちに読了してしまいたかったけれど、好きな俳優が出ているスペシャルドラマをリアルタイムで観たあと、うっかり眠ってしまったのだ。
ドラマはおもしろかったから、その選択は正しかったけれど……。一ヶ月近くも前から発売日を指折り数えるほど楽しみにしていた書籍が目の前にあるのに読めないというのは、なんとも歯痒くて接客中もついソワソワしてしまう。


ただ、今日のお客様は常連の人たちばかりで、皆がそれぞれに笑顔で来店してくれたことが幸いだった。だって、ソワソワしたままお客様の悩み事を聞くなんて、とても失礼だから……。

もちろんそんなことは関係なく、私がお勧めした本がよかったとか、この間うちで買って行った本を何度も読み返しているとか、私まで笑顔になるような話をたくさん聞けたことは嬉しかった。


「ストーリーもキリがいいことだし、ちょっと休憩しようかしら」


今日はバレンタインだからと、常連の女性客からチョコレートをプレゼントして貰った。それがたまたま好きなお店の物だったことに驚いたけれど、彼女の心遣いに心が温かくなった。


— カランカラン……


せっかくだからコーヒーでも淹れて食べようかと考えたところで、ドアに掛けてある鐘の音が店内に響いた。