「内裏だって安全とは言えないと思いますけどね~」

 まだ朝靄が晴れないぐらいの早朝、章親らに囲まれた牛車の中で、宮様がぶつぶつ言っている。

「あなたたちは知らないかもしれないけど、内裏には怪しげな松林があってね、鬼がいるってもっぱらの噂よ? あ、あれも女房を一口で食べたとか、そういう話があるわ。あらあら、じゃああそこにいる鬼が、例の人食い鬼なの?」

 しぱん、と物見窓を開けて、宮様が言う。
 ちら、と守道が視線を上げた。

「そうではないでしょう。あんな鬼がいたら、内裏の人間など今頃おりませんよ」

 素っ気なく言う。
 が、宮様は物見窓に顔を押し付けた。

「だって! あそこの鬼は有名なのよ?」

「有名ということは、お話ということです。本気の鬼は、存在を主張したりしません。狩られるのがオチですからね」

「えーっ! そうだったの? なぁんだ、つまらない」

 ぷーっと膨れて、しぱんと窓を閉める。
 そのやり取りを、章親は若干はらはらしつつ見守った。

 それにしても、守道は凄い。
 相手が宮様であろうと、何ら物怖じすることなく意見を述べる。
 いくら気安い宮様であろうと、章親はやはり遠慮があり、普通に喋ることは躊躇するのだが。