「人食い鬼かっ」

 魔﨡が叫ぶと共に、闇から何かが飛び出した。
 猫のようだが、鋭い爪と牙がある。

「出たな!」

 言うなり魔﨡は、錫杖を一閃した。
 しゃらん! と音を立てて、魔﨡の振るった錫杖は、飛び掛かって来たモノを叩き落とす。
 どうやら反撃されるとは思わなかったらしいモノは、ぎゃ! と耳障りな声を上げて、もろに地面に叩き付けられた。

「馬鹿者が! のこのこ出て来たのが運の尽きよ!」

 素早く鬼との間合いを詰め、錫杖を振り被る魔﨡は心底楽しそうだ。

「うらぁ!」

 振り被った錫杖を、一切の躊躇なく鬼に振り下ろす。
 章親が見ていたら、思いっきり引いただろう。
 が、寸でのところで鬼は飛び退り、茂みに逃げ込もうとする。

「逃すか!」

 鬼より先に、魔﨡の錫杖が茂みの闇に突っ込まれる。
 ぐにょ、と妙な手応えが錫杖から伝わり、魔﨡は思わず錫杖を引っこ抜いた。
 その隙に、鬼は闇に飛び込んで姿を消す。

「あっ! こらっ!」

 慌てて茂みに近付くが、そのときはもう、茂みの中は他の陰と変わらぬ暗さに戻っていた。

「……ちっ」

 舌打ちし、忌々しそうに錫杖を鬼の消えた茂みに、ぐさ! と突き刺す。
 先に感じた妙な手応えも、もうしない。

 ふと魔﨡は己の手を見た。
 僅かだが、手の平に汚れがついている。
 小石を握っていた手だ。

「やはり、あれか」

 あの小石は魔﨡が気付いた通り、部屋に投げ込まれたものと同じだ。
 先の小石に血のようなものが付いていたのは気付かなかったが、僅かでもあれば、それに触れると穢れは移る。
 その穢れを追って、鬼が来たのであろう。

 少し考え、魔﨡は章親らのいる部屋に急いだ。