「そんな物の怪、錫杖で手に余れば、我の本来の姿で丸呑みにしてやるわい。心配いらぬ」

 豪快に笑う魔﨡を、章親はやはり胡乱な目で見る。
 龍と人食い鬼の戦いなど、目の当たりにして正気を保てるだろうか。
 想像しただけで恐ろしい。

 魔﨡に散々あしらわれてきた毛玉も、ぶるぶる震えている。

「そんなことより、ほれ、浄化じゃ浄化。常にここを綺麗にしておけば、物の怪とてそう簡単には入り込めぬ」

「まぁ、そのための浄化ですからね」

 言いつつ、章親は呪を唱えながら糺の森を歩く。
 相変わらずにこにこと、魔﨡が章親の呪に酔いしれる。
 龍神をもここまで心地よくさせることが出来ると、魔﨡を見ていると改めて章親は己の浄化能力に自信を持つことが出来るのだ。

 魔﨡が本来の姿で暴れ回っても、章親であれば呪で御すことも可能であろう。
 だからこそ、かつてないほどの強大な御魂が降りたのだ。

 さぁっと空気が澄み渡り、爽やかな風が吹き抜ける。
 鳥や虫や川の魚までが、心地よさげに囀りだす。
 毛玉も楽し気に、辺りをきょろきょろと見回した。

 が、その毛玉が、ふと森のある一角に目を向けた。

「……おや? 章親様、あそこの空気が変です」

 毛玉の示すほうを見ると、確かに森の奥の一点だけ、空気が澱んでいる。

「おかしいな。何だろう」

 そちらに足を向けた章親だが、その足がぴたりと止まる。
 一点だけ澱みが取れないということは、穢れた何かがある、ということだ。
 人食い鬼が跋扈する今、何かがある、となると見たくないものしか思いつかない。