立ち上がって、扉に手をかける。
力を加えようとすれば、「日向」とお母さんが呟いた。
返事はしないで、次の言葉を待てば、震えた声が私の鼓膜を微かに揺らす。
「ありがとう」
小さい声、だったけど。
私の心を揺らすのには十分だった。
ふるふる、首を振って。
今度こそ扉にかけた手に力を入れる。
滑らかに開いた扉の向こう。
そこへ、私は恐る恐る、でもしっかりと踏み出した。
振り返らずに、扉を閉めて。
俯けていた顔を数秒して上げれば。
「──茜、」
そこに、やっぱり彼はいてくれて。
おせぇぞ、なんて言わないで。
嫌な顔なんて一つしないで。


