「違うし!」
小声で文句を言いながら、25メートルプールの壁に背中をつける。
佐野くんはあたしの横に立つと、ぶつぶつ言っているあたしの顔を興味なさそうに一瞥した。
あぁ、そっか。
佐野くんはあたしのことを女子じゃなく、指導する者としか見てなくて。
だから、平気で手とか足に触ってきたりするんだ。
涼しい顔の佐野くんを横目でチラリと盗み見る。
太陽の光に照らされるオレンジの髪。
プールの向こう端を真剣な目で見つめるその横顔は綺麗だ。
それなのに、彼を見るあたしの心はなんだかもやもやとしていた。
その理由を考えていると、不意に佐野くんがあたしに視線を向けた。
「次は蹴伸びの姿勢のままバタ足だけで前に進んでみろよ。クロールみたいに手を動かさなくていいから。進めるところまで進んで、息が苦しくなった床に足をついていいよ」
けれど、次に佐野くんの口から出たその指示に、心のもやもやが一瞬消える。
「え?ムリだよ。そんなに急に泳げるわけない」



