と、ここで俺の回想は希乃来によって遮断された。

「? 希乃来どした」
「トキ……。その、私がメガネかけろって言ってから、すごく変わった」

 一人称が変わると、随分と女らしさが出てくる。そんな彼女はどちらに寄せても俺を射止めるのだから、たいした能力だ。
 が、しかし。続けられる言葉に耳を疑った。

「自主性がなくなっただけじゃない。根暗になった」
「はは、メガネの力ってすごいなー」

 とか、図星を隠したくててきとうに相槌をうっておく。

「最近、私に仕えてる感じがして、申し訳ない。体操服は明日返す。今日のところはこれで失礼する」

 バッグに手をかけると同時に、それを捕まえる。

「これ以上謝るんだったら、俺、キレるよ?」
「……」
(あ、視線、反らされた)
「俺が情けないばっかりに、トキまでこんな肩身の狭い思いをさせてるんだ。少しは迷惑そうな素振り見せてくれなきゃ」

 俺ってこんなに短気だったか? 今、ものすごく怒鳴り散らしたい。そんな衝動に駆られて、理性をぶっとばすような精神の鍛え方はしてないはずだが、希乃来はまた、弱い自分を顧みている。
 
「お前さぁ、俺を見くびってやしないか? 分かってるからな。弱いばっかりに、とか俺を気遣うふりして、一番に自分の保身に走っていることくらい」

 やっぱり、強くいってるな、これ。

「……手、痛い」
「っあ、わりぃ……」
(やっちまった……)

 手を離してやると、今度こそバッグを片手に俺の部屋からいなくなってしまった。

「はぁー……久々に希乃来が落ちてたな」

 中学の頃から、根本的なところは何も変わっていない。俺がいなきゃダメな、ただのか弱い女の子なんだ。
 「弱い」彼女は、本性を見せ掛けるも、やっぱり罪悪感とかに負けて、傷を癒すために覚えた"男"になりきることで、自分を隠した。
 
 分かりやすい変化に自分で気づけないのも、「弱い」証拠。
 己を知る怖さ、というところから来るのだろう。

 でもね。
 物理的なことからは守れるけど、俺は、希乃来の心の中を守ってやれるような、すごい医者でもないんだ。
 自分で強くなるしかないんだよ……?

「手、赤くなってるかな」

 俺の言葉は静寂が飲み込み、後に残るのも閑静な空間だった。