自分でも単純だって思うくらいにベタだけど、私がこの先輩を好きになったのはこの時だったんだ。


「全然大丈夫そうに見えないんだけど」


 なんて彼がつぶやくように言って、わたしを力強く引っ張ったかと思ったら、急に呼吸が楽になった。


 やっと周りを見る余裕ができて少し視線を上げると、目の前には赤いネクタイが揺れていた。


 そして、そのネクタイと私の間には、ほんの数センチの隙間が空いている。


 ……先輩はドア側に立っている私を、他の乗客に押しつぶされないよう、守るようにして立ってくれていた。


 それに気付いた瞬間私の胸はドクドクと大きな音を立て、いつも少し離れた場所にいた先輩が間近にいること、あの意地悪そうに目を細める先輩がこんなに優しいことに、ドキドキした。


 その後先輩はそれ以上口を開かなくて、私も一言「ありがとうございます」なんて言ったきり、なにも言えなかった。


 ラッシュの終わりと同時に先輩も遠ざかって、電車を降りて行ってしまった。