あなたのヒロインではないけれど





鹿の子模様がある夏毛ではなくて、地味な冬毛の灰褐色。雄は危険防止のためか角が切られてしまってる。


でも、ふわふわの長い毛につぶらな黒い瞳。一生懸命にご飯を食べる様子に、たまらなくなった。


(描きたい……)


絵心が、うずうずと疼き出す。ネイサンさんや他のみんなの様子を伺うと、みんなそれぞれ鹿に見入ってる。


(い、今なら大丈夫……ササッと軽く描くだけなら……)


お姉ちゃんに借りたバッグの中から、ハガキ程の大きさのスケッチブックと鉛筆を取り出す。少しだけ離れて、注目してた子鹿を目で追った。


(動いて……そう、元気よく)


心の中で子鹿に語りかけると、タイミングよく子鹿が跳ねてくれる。生き生きした動きに、筆が弾む。


ただのスケッチのつもりだったのに、気づけばいくつものデッサンを取ってた。


軽く線を書き留めるだけだったのに、ふわふわの毛の質感や躍動感を自分なりに写し取りたくて。無我夢中で鉛筆を走らせていった結果がこれ。


当然、周りにいた人には気付かれてしまいました。


「え~鵜野さん、絵を描けるの? どれどれ……」


結城さんが覗こうとするから、慌ててスケッチブックを胸に抱きしめた。


「ご、ごめんなさい……で、でも……わ、私……上手では……」