あなたのヒロインではないけれど







「結実さん!」

「!」


見つからないように、ひっそりと出ようと思ってたのに。

今日は残業があるはずの氷上さんが、なぜ玄関ロビーにいたんだろう?


紙袋を持って一瞬硬直した私だけど……氷上さんが近づいてくるのを見て、早足で彼の脇を抜けようとしたのに。


氷上さんは、私の腕を掴んで引き留めた。


「結実さん……なぜ、ぼくを避けるの?」

「……別に、避けてなんていません」

「じゃあ、なぜマンションのカギを返した? 嫌なことでもあったなら……」

「違います」


こんな人の多い場所で……社内でも目立つ御曹司様とトラブルになったら。氷上さん自身の為にならないのに。


もしかすると、この場には将来氷上さんの恋人になる女性がいるかもしれない。あらぬ誤解をされないためには……卑怯でも、私は逃げるしかなかった。


「もともと、私とあなたは何もないじゃないですか! ただの仕事仲間……あなたがそう言ったんですよ。これ以上、私に何かを期待しないでください!」


バカみたいだけど……遂に爆発して、彼に八つ当たりのようにぶつけてしまった。ハッと我に返ったところで後の祭り。


呆然となった氷上さんから腕を引き抜き、小走りで玄関から出た。


後から、激しい咳と私を呼ぶ声が聞こえた気がしたけど。後ろ髪を引かれながらも、決して振り向く訳にはいかなかった。


(さよなら……氷上さん)