あなたのヒロインではないけれど






「ごほっ」


小さな咳が聞こえて、誰かと振り向けば。その主は氷上さんだった。


久しぶりに彼の顔を見ると、やっぱりドキドキするけど。氷上さんは昨日まで1週間タイの工場に出張していたから、ずいぶん疲れもたまっているんだろうな。


(ええと……確かカイロがここに、のど飴と……スポーツドリンクと)


空咳かもしれないけれど、どことなく疲れを滲ませた氷上さんをそのまま放ってはおけない。


風邪対策セットを手にすると、パソコンで作業中の彼の机にそっと置いた。


「あの……冷えますから、カイロ使ってください。喉が辛いならのど飴と……水分補給のスポーツドリンクもどうぞ。温かいものがいいならお茶を淹れます」

「ありがとう……」


やっぱり疲れているせいか、氷上さんの笑顔はどことなく覇気が無い。どれだけ疲れていても、気配りは忘れなかったのに。よほど体調が悪いのかも。


「あの。お体大丈夫……ですか?」

「ありがとう……ちょっと疲れてるだけだよ。タイの工場でアクシデントが多かったから」


パソコンのキーボードから手を離した氷上さんは、ため息を着いて眉間に指を当てる。やっぱり疲れがたまってるんだ……とより心配が募る。


「今日は……残業を止めて早めに帰った方が。なんなら私から結城さんにお話ししますから」

「大丈夫……だけど、残業なしは魅力的だな」


指を下ろした氷上さんは、なぜか私を見上げたままじっと見詰めてきた。


「……久しぶりに、君の料理でも食べられるなら。直ぐによくなりそうな気がするよ」