「もしもあの事件がなかったとしても、貴明と私はいずれ破綻してたわ」


ゆみ先輩はきっぱりと言い切った。


「貴明は、幼い感情に決別しきれてないだけの子どもよ。本当に愛することを知らない……無い物ねだりをする幼い子ども。
私は、彼の餓えた愛情を満たせるほどの愛は持てない」


それは……不思議と有無を言わせない説得力があった。


きっと、20年近く共にいたからこそ言える言葉。ゆみ先輩だからこそ氷上さんを理解しての決断だった。


「貴明が私を求めるのは……母を無くした子どもが代母を探すようなもの。実際彼は三歳でお母様を亡くしているもの。余計に私に依存するようになっただけ。“君しか要らない”だなんて二人だけで世界を完結させるような、そんな不健全な関係……いつか壊れてゆくしかないのよ」


私もデイヴィッドに出会ったから目が覚めたわ。そう、ゆみ先輩は穏やかに笑う。


「彼は……まだ気づいてないだけ。本当に大切なひとや大切なものに。結実ちゃん……あなたならきっと、その深い愛情で貴明を癒せる。彼の世界を広げられる。だから……あなたにこそ貴明を託したい。どうか、貴明を見捨てないでいてね」


ゆみ先輩は、私に深々と頭を下げた。