あなたのヒロインではないけれど





水族館はやはり大きな場所がいい、と地元からいくつか先の駅にある海沿いの水族館にやって来た。


水族館なんて小学生の夏休みに家族と来て以来だったから、実はほんのちょっぴりとだけ楽しみ。


チケット売り場でサイフを出そうともたついていると、氷上さんに電子マネーでお支払いされてしまいました。


「あ、あの……お金、ちゃんとお支払いします」


チケットを渡される前に千円札を出しても、氷上さんに「要りません」ときっぱりとお断りされてしまいました。


「今日は私がお誘いしたのですから、私に持たせてください」

「で、でも……それでは……あの、申し訳ないです……私だって働いてますから、ちゃんとお支払いします」


氷上さんの押しの強さに負けちゃいけない、と私は勇気を奮い起こして反論した。


「えっと……私と氷上さんは……こ、恋人とか家族ではないので……おごっていただく理由はありません。ですから……自分のぶんは、きちんとお支払いします」


たったこれだけの主張をするのに、一体何分掛かったんだろう。呆れるほど時間を掛けて絞り出した言葉は、とてもつまらないもので。でも、氷上さんは辛抱強く待っていてくれた。


「なるほど。鵜野さんの気が引ける、という訳ですね。なら……今日は恋人ごっこをしましょうか?」

「え……」


氷上さんが何を言ったかわからなくて、彼を見上げたまま目を瞬くと。彼は悪戯っ子のように唇の端を上げて笑う。 それだけでいちいちドキドキする私も、いろいろと末期かもしれない。


「簡単な話です。今日1日、鵜野さんとぼくが、恋人として過ごすんです。何も難しいことはありません。ただ、ありのままでいて下さるだけで大丈夫ですから」