「山城さんっ、それは私がやりますからっ」
「やあね、遠慮しないで先輩を頼ってくれていいのよ。だからほら、休んでらっしゃい。どうぞごゆっくりね」
「あの、じゃあ他に何かお手伝いできることありませんかっ」

私の申し出に、山城さんは一瞬煩わしそうに表情を歪めた後、にっこり笑って言った。


「何もないわ。だから三美さんは気にせず休んでいらっしゃい」


言葉だけ見れば仕事に慣れない後輩への気遣いにあふれているけれど、山城さんの口調は有無を言わせぬ威圧に満ちていた。

助けを求めるように周りを見ても、他の先輩たちはパソコンの画面を見たまま目すら合わせようとしてくれないし、課長も無言で見て見ぬふりだ。午後たっぷり時間を掛けてやるつもりだった仕事を全部取り上げられてしまった私は他に出来ることもなく、諦めてすごすごと休憩室に向かうために立ち上がった。


「……まったく、うちの“眠り姫”にも困ったものよね。オフィスであんな眠そうな顔されちゃ、気が散ってしょうがないわ」
「どうせ腰掛でしょ?そのうちいなくなるだろうし、それまで適当に相手してればいいのよ。扱い方間違えて下手に社長に目を付けられても面倒だし」
「言えてる、言えてる」


私がオフィスを出て行こうとすると、すぐに背後でそんな会話が交わされる。山城さんが休憩室へと追い立てるのは、早く私をここから追い出して、思う存分仲のいい同僚と一緒に出来の悪い後輩を叩きたいからだ。


「ホント、やる気もないしいるだけ邪魔よね。なんであのお姫様、ウチの課に引き取ることになっちゃったのかしら」
「あれで同じ給料とか許せないし。早くいなくなってくれればいいのにね」


棘にまみれた言葉は聞こえないフリをして、廊下を小走りにかけていく。


どうせいつも言われてることだ。そんなことに気を取られるより、これから終業までどう乗り切るかの方がよっぽど問題だった。

定時まではあと約3時間もある。周りの同僚はみんな仕事をしているというのに、私だけ席でやることがないままいつもいつも時間が経つのをただ待つのはつらいことだった。

眠気と戦う苦行みたいなもので、なかなか時計の針は進んでくれない。そうしているうちにどうしても眠くなってきてしまって、それを山城さんに見咎められる。

今日は折角仕事が手元に回って来たから、出来るだけ時間を掛けて入力作業をしていた。ほんとうは入力自体は数十分もあればすぐに終わってしまうものだったけど、それが終わってしまえば他にやることがなくなってしまう。それを恐れてしつこいくらい何度も数字を確認しながら入力していたのに、結局山城さんに仕事を取り上げられてしまった。


父の縁故でこの会社に入社して以来、ずっとこんな感じだった。