「連絡行ってなかったか?親父は例の腰の神経痛が悪化して、今は一人でトイレに行くことすらままならなくなってる。しばらく病院通いして、来月はおふくろと箱根に湯治に行くそうだ。そんなわけで今日は保護者代理で俺が来た」

「……何が保護者だ。完全に面白がりに来てるだけだろ」

「今日はただの“会食”なんだしそう気負うなよ。親父よりも年の近い俺がいたほうが、ひよりちゃんも緊張しないだろって腹もある」


兄が親しみを込めて女児のようにちゃん付けで呼んでいる相手を思うと、憂鬱のため息が口からこぼれてきた。


「おい理人。おまえが独身を気取るのは自由だが、相手のお嬢さんの前でそんな顔するなよ。ひよりちゃん、可愛いぞ。俺のお気に入りのコなんだからおまえむやみに傷つけてくれるなよ」

「だったら俺に押し付けないであんたがその“ひよりちゃん”と結婚すればよかっただろう」

「俺には理穂子がいる」

「知ってる。だったら既婚者が不用意に他所若い女を褒めるなよ。義姉さん意外にやきもち焼きだし、万一耳に入って誤解されたら面倒だぞ」

「いいんだよ、ひよりちゃんのことは理穂子も可愛がっているんだから。ひよりちゃん、初心で素直でいい子なんだ。内気でちょっと頼りなさそうだけどな、おまえみたいに一人でどんどん突っ走ってくタイプにはひよりちゃんみたいな子が案外上手くいんじゃないかって思うよ。そう嫌な顔しないでモノは試しに会ってみろって」


釣り書きを渡されたわけではないから、今日引き合わされる相手のことはほとんど知らない。

知っているのは『三美ひより』という名前と、大学を出たばかりで『三美飲料』と取引のあるペットボトルの製造メーカーに父親の口添えで入社したということぐらいだ。


兄が言うには、あの三美社長が悪い虫が付くのを嫌って進学先も就職先も決めて徹底的に管理した、世間擦れしていない純粋培養のお嬢様らしい。

20歳を過ぎても就職すら自分で決められず縁故を頼りにするなんて、いまどきの女の子にありがちな自立心が低くて親への依存心が強い子なのかもしれない。

今日の見合い話を迷惑がってくれるなら有難いが、もしかしたら父親に言われるがままに結婚を承諾する気でいる可能性も否定できない。

ご令嬢だけならまだしも、あの強引な三美社長と顔を会せながらこの会食の間ずっと結婚を迫られるのかと思うと会う前から気が重かった。


-------珈琲でも飲みたい。


そんな欲求を覚えるけれど、理人が本当に求めている癒しは当然珈琲ではなかった。ひばり舎の本名も知らない彼女は今日は店に立つと言っていたから、彼女に一刻も早く会いたかった。

これから別の女性と見合いをするというのにひばり舎の彼女のことばかり考えているなんて不誠実過ぎるとはわかっているけれど、それでも心が向かう方向を変えることは出来ないし、変えるつもりもなかった。