「いいアイデアだね。香りもよくて、ミルクに混じるほのかなラムの後味もいい」
「ありがとうございます。実は私、これ家でたまにやるんです」

晩酌する習慣はないけれど、製菓用に買って余ったラム酒を寝付けない夜にホットミルクに淹れて飲むことがあった。自分のお気に入りがタカミさんにも喜んでもらえたようでうれしくなる。

「ホットミルクなんて飲むのは子供の時以来だけど、悪くないね。すごく気に入ったよ。心なしかすこし頭痛が軽くなった気がするし」
「………ちょっとでもタカミさんのお役に立てたならうれしいです」
「今度疲れたときは涼子さんの珈琲だけじゃなくて、君のこのホットミルクも頼みに来ようかな?」
「ホントですか?………でもそれ、修行中の身としてはちょっと悔しいです。ミルクだけじゃなくて、私が淹れた珈琲もいつか飲みたいって言わせたいです」
「ああ、じゃあ君が珈琲職人としてデビューするときは、その初めての一杯は俺に淹れてもらおうかな」


タカミさんがそんなことを言ってくるから、心臓が無造作に掴まれたかのようにぎゅっと痛くなる。耳が勝手に熱くなってくるのが分かったけど、自分じゃ体温のコントロールなんてできない。


「君の珈琲、予約出来る?ダメかな?」
「………涼子さんに合格もらうまで、何年掛かるかわかりませんよ?」
「そんなことは全然構わないよ。いつまででも待つから。だから俺に予約させてくれる?」


タカミさんは子供みたいに薬指を差し出してくる。タカミさんみたいなオトナの人でも、指切りなんて子供みたいなことしたりするんだと思うと胸がいっきにドキドキしてくる。……違う。それだけが理由じゃない。

(ただの店員でしかない私と無邪気に指切りしちゃうなんて……タカミさんみたいな無自覚なひとのことを、天然のタラシっていうんだろうなぁ……)

既婚者であることが急にすごく憎らしく思えてきて、思わず薬指を睨むように見てしまう。

(でも考えてみればこんなやさしくて素敵な人、周りの女の人が放っておくわけないし。独身だなんてあり得るわけないよね……)


「わかりました。………私がお客様に提供する珈琲の一杯目は、必ずタカミさんに飲んでいただくってお約束します」
「ありがとう。君の珈琲を飲める日を励みに、またこれからも仕事を頑張れそうだ」

タカミさんのすこしゴツゴツした指が自分の小指に絡んできただけでも胸がキュッと痛くなるのに、タカミさんの言葉がひどく甘い囁きに聞こえて私の鼓動はますますコントロール不能になっていく。

(やだな……タカミさんはたぶん見習いの私を励ますために言ってくれたことなのに………深い意味なんてないにきまってるのに………これがオトナの色気ってヤツなの……?)

タカミさんの色香にうっかり当てられないように気を付けなきゃと思いながら、その後も山田さんが鍵を開けてくれるまでタカミさんととりとめのないことを話し続けた。