ひばり舎のマスターにはいろんな知り合いがいるらしく、珈琲一杯を頼むとその知り合いから入荷したフルーツやらお菓子やらが付け合わせとしてサービスされることがあった。

その日出されたのは大粒の金平糖だった。珈琲を運んでくれた彼女が、カップを置いた後もこちらを見て何か意味ありげな笑みを浮かべていたので不思議に思っていると、隣に座っていた顔なじみの常連客がいきなり理人の手元を覗き込んできて子供みたいに怒った顔をした。

「なんだよ、俺のより高見さんの金平糖の方が多いじゃないか。ひよちゃん、これって贔屓なんじゃないの」

よくよく受け皿に乗っているそれを見ると、金平糖は全部で5粒あった。他のお客さんよりもひとつ多めにしてくれたらしい。たかだか金平糖一粒。たったそれだけのこと。

それでも以前から彼女を口説いているその常連客は面白くないようでぶつぶつ文句を言ってくるので、5粒まとめてさっさと口の中に放り込んだ。

甘ったるいとばかり思って覚悟していたのに、金平糖の素朴な甘みは口内に馴染むようにゆっくり溶けて、まるで疲れた体や脳を癒すようにやさしくほどけていった。


その日は自分の打ち出したコンセプトとクライアントであるミツミ飲料の希望とに齟齬が生じはじめてアイデアに煮詰まりだしていた時期で、企画を練り直すためろくに食事も摂らずに数日事務所に寝泊りしている状態だった。

そんな苦境を話したわけじゃないのに、彼女は何も言わずにただこっそりとすこしだけ多めの金平糖を差し出してくれた。彼女の厚意に深い意味なんてなかったかもしれない。いや、きっとなかったはずだ。

でも理人にとって重要なのはそこではなく、ただ彼女がしてくれたことに自分が深く癒されているということが意味のある事実だった。


あのとき感じたクセになるような甘さを、また堪能したいと思っている。でもそれはおそらく金平糖を食べただけでは満たされない欲求だ。そんなことに気付かないほど子供ではないことを、自覚してしまっている自分がいる。

(さてどうしたものかな)

見ないフリが出来なくなってきた気持ちをカップに残った珈琲と一緒に持て余していると。


「ところで理人くん」


自分に呼びかけるその声に、そんな甘ったるい思考は切り裂かれる。見れば正面のソファに座っていた三美社長が、何やら思惑のありそうな笑みを浮かべて自分を見ていた。