「さようなら」


渇いた響きのするその言葉を、静かに、ただ静かに怜に告げた私は部屋を出た。


ロングブーツをまた玄関で履き直して、さっきと同じくらいの歩くスピードで来た道を戻る。
薄暗い夜道。寒空の下。冬の風に吹かれながら。


夜になってもどこもかしこも明るい東京じゃちっとも見えやしない夜空の星を見上げて、ポロッと涙がこぼれた。


「ばーか」


それだけつぶやいた。


どこかの不倫してた芸能人でもない。
ありきたりな安っぽいドラマでもない。
これは現実。
こんなことって現実にあるんだ。
有り得ることなんだ。


号泣しながら、怒鳴りつけても良かった。
彼女は私の方なんだから。
でも、出来なかった理由を私は知っている。
たぶん、怜は私じゃなくて山田を選ぶと思ったからだ。


そんな惨めな思いをするんだったら、私から「さようなら」でいいじゃない。
あの一瞬の間に、そう判断した。


これでいい。
これで私は惨めなんかじゃない。


OLとして働いて、もうすぐ丸3年。
毎日同じ日常を繰り返して、毎日楽しくもない仕事に打ち込んで、毎日取引先の人に笑顔を振りまく。


こんな毎日くそったれ。
怜も山田もいるあんな会社、月曜から行けるわけないでしょーが。
神様ってなんでこんなに意地悪なのよ。
私だって一生懸命やってるのに。
どうしてこんな仕打ちするの。


だったら全部、壊してやる!


この時の私は、もう生きる気力ゼロだった。