愛美のマンションの前に車を停めると、健太郎はゆっくりと愛美の方を見た。

「あんま無理すんなよな。」

「うん、ありがとう。助かった。じゃあ…。」

車を降りようとドアに手を掛けた愛美を、健太郎は後ろから抱きしめた。

「愛美、結婚しよ。」

健太郎の唐突な一言に、またふざけているのかと、愛美は大きなため息をついた。

「冗談やめてよ。朝も言ったけど…もうさ、いい加減ふざけるのやめてよ。いろいろ噂されたり変な誤解されたり、プライベートな事詮索されたりさ…職場でそういうの、私すごくイヤなんだ。」

抱きしめる手をほどこうとした愛美を、健太郎は更に強く抱きしめた。

「ふざけてないし、冗談でもない。俺は愛美が好きだ。」

「……え?」

「昔だってホントは…ずっと愛美が好きだったから付き合おうって言ったんだ。」

(嘘でしょ?今になってそれを言う?)


あの頃健太郎は、周りも彼女持ちが増えたし俺もそろそろ彼女が欲しいと、よく言っていた。

思春期の性欲旺盛な年頃だし、どうせ女の子の裸を見たいとか触りたいとかそんな理由で、手近にいた幼馴染みの自分に付き合おうと言ったのだろうと、愛美は思っていた。

愛美だって異性に興味がなかったわけではないし、気心の知れた健太郎なら付き合ってみてもいいかなと、なんなとなくOKした。

だけど付き合ってまもなく、その関係が幼馴染みから男と女に変わった時に初めて後悔した。

悩んだ末、愛美が意を決して“もうやめよう”と言った時、健太郎はすんなりそれを聞き入れてくれた。

お互いに本気で恋愛していたわけでもない。

女の子がどんな物かわかって満足したから、健太郎はまた元のように幼馴染みに戻ろうと言ったのかもと、愛美は思っていた。