10時半過ぎ。

緒川支部長は佐藤さんを助手席に乗せ車を走らせていた。

車に乗ってから一言も話さず、険しい顔をしてハンドルを握る緒川支部長の横顔を見つめて、佐藤さんはたまらず笑いだした。

「さっきのあれは…菅谷さんへのあてつけ?」

「……なんの事だ。」

そう言いながらも緒川支部長は、そこはかとなくバツが悪そうな顔をしている。

「菅谷さんに聞かせたいのかと思って乗っかってみたけど…ひろくん、私にあんなふうに言った事なかったでしょ?すごく白々しかった。」

「なんだそれ…。俺だっていつまでもあの頃と同じのガキじゃない。」

「そうね。確かにあの頃と同じじゃない…。ひろくんも私も、いい歳の大人になった。」

佐藤さんは窓の外を眺めながら呟いた。

そして少し寂しそうな顔をした。

「昔のひろくんは、私が他の男の子と仲良くしてても、そんなふうにヤキモチ妬いてジタバタしたりはしてくれなかった。正直言うと、菅谷さんが少し羨ましい…。」

緒川支部長は佐藤さんの言葉を聞きながら、黙ったまま前を向いて車を走らせた。


昔、付き合って半年近く経った頃、佐藤さんに近付く男が現れた。

その男が佐藤さんを好きだった事にも、佐藤さんが自分との関係に悩み始めていた事にも気付いていた。


“私の事、本当に好きなの?”


そう尋ねられた時、何も答える事ができず、そのまま自然消滅に近い形で別れた。

彼女の事はきっと好きだとは思ったけれど、本当に好きなのかと聞かれると、何も答えられなかった。

人を本気で好きになるという事の意味がわからず、それを恋と呼べるのかどうかもわからないまま、初めての恋は終わった。