10時を過ぎた頃。

「おはようございまーす…。」

健太郎が支部を訪れ、いつもよりかなり控えめなトーンで挨拶をした。

「愛美、足は大丈夫か?」

「もう大丈夫だから。」

健太郎は愛美の足元を見て首をかしげる。

「何これ?」

「膝掛け。冷やすと良くないって、隣の支部の職員さんが貸してくれた。」

「捻挫ってそうだっけ?」

健太郎も愛美と同じ反応だ。

「さぁ…。で、なんの用?」

「ああ、弁当届けに来た。」

愛美は少し困った顔をして、差し出されたお弁当を受け取った。

「あのさ…今日は作ってきてくれたからアレだけど…明日からもうお弁当はいい。」

「なんで?」

「変な誤解を招くから。いろいろ聞かれて仕事しづらい。」

受け取ったお弁当をデスクの端に置いて、愛美は再びパソコンに向き直る。

「なんだ、そんな事か。じゃあ誤解じゃなかったらいいんだ。」

「何それ?」

「ホントの事にしちゃえばいいじゃん?」

どこまでも自分勝手な健太郎の言葉に、愛美は大きくため息をついた。

「バカじゃないの?」

愛美のつれない言葉に、健太郎は苦笑いを浮かべた。

「武と由香が俺と愛美に相談したい事があるってさ。今日の夕方、うちの店に来る事になってる。飯食わせてやるから、愛美も仕事終わったら店に来いよ。」

「ふーん…わかった。とりあえず、私は今仕事中。仕事の邪魔だからもう行って。」

愛美が手でシッシッと追い払うと、健太郎はその手を取ってチュッと口付けた。

「バッ…バカッ!!何すんの!!」

「じゃあ後でな。」

健太郎は後ろ手に手を振って支部を出た。

健太郎にはなかなか話が通じない。

もっときちんと話した方が良さそうだ。