車に乗り込み少しすると、運転する緒川支部長の隣で佐藤さんがクスクス笑いだした。

「なんだ?急に笑って…。」

「いえ…。菅谷さんってかわいいですね。」

急に愛美の事を話題にされて、緒川支部長は動揺するのを必死に隠した。

「そうか?菅谷は俺の事が嫌いなんだ。だからいつも反抗的な態度を取る。」

「そうかな…。ただ素直になれないだけじゃないですか?……お互いに。」

愛美との事は何も話していないのに、二人の仲も自分の気持ちも見透かされたようで、緒川支部長は動揺を隠せない。

ウインカーを出そうとして、思わずワイパーを動かしてしまった。

「あっ…。」

佐藤さんはまたクスクス笑う。

「ひろくんは私と付き合ってる時も、思ってる事、言葉にしてくれなかったもんね。」

緒川支部長はバツの悪そうな顔をしてワイパーを止め、ウインカーを出した。

「何言ってるんだ…。」

(そう…だった、かな…?)

大学生の頃、アルバイトで塾の講師をしていた事がある。

2年生の時、塾の生徒だった高2の佐藤さんに告白されて半年ほど付き合っていた。

それまで女の子と付き合った事もなく、初めてできた彼女と過ごす事にドキドキしていたのをおぼろげに覚えている。

好きだったかと言われると、おそらく好きだったとは思う。

だけど今になってみると、初めて自分の事を好きだと言ってくれた彼女を、自分も好きだと勘違いしていたような気もする。

もしかすると、初めての経験に浮き足立っていただけなのかも知れない。

一緒にいる時は彼女の体温や柔らかさ、声や息遣いにまでドキドキするのに、離れている時は割と冷静で、切なくて胸が痛むとか、彼女の事を考えるだけで幸せだと思う事もなかった。

(あれは…恋…じゃ、なかったのかな…?)