峰岸主管に続いて高瀬FPも退社し、支部のオフィスには緒川支部長一人が残った。

支社からの業務連絡を確認した後、緒川支部長は椅子から立ち上がり大きく伸びをして、ブラインドの隙間から営業部の隣のビルを眺めた。

健太郎の店に人が出入りしている事に気付いた緒川支部長は、帰るついでに健太郎に返そうと弁当箱を鞄に入れ、オフィスの戸締まりをして支部を出た。


“居酒屋 やまねこ”の看板を見ながら店の引き戸を開けると、カウンター席に並べた新品の食器の数を確認していた健太郎が振り返った。

「緒川さんじゃないですか!お疲れ様です、今帰りですか?」

「ああ、うん。帰るついでにこれを渡そうと思って。」

緒川支部長が鞄から弁当箱を取り出して手渡すと、健太郎は笑ってそれを受け取った。

「わざわざ洗ってくれたんですか?勝手に持って行ったのにすみません。」

「いや…。こちらこそご馳走さま。」

「お口に合いましたか。」

「どれもうまかったけど…肉野菜炒めが特にうまかった…かな…。」

自分の彼女と噂になっている男と、何食わぬ顔をして話している事に妙な違和感を覚えた。

だからと言って、愛美をどう思っているのか突然健太郎に聞くというのもおかしな話だ。

居心地の悪さに耐えかね、もう帰ろうと緒川支部長が思っていると、健太郎が近くにあったテーブル席の椅子を引いた。

「緒川さん、良かったら一緒に晩飯でもどうです?」