小声で話していた愛美が、わざとらしく大きな声を出した。

「支部長が職員さんたちを脅すから、この後は私が一気に忙しくなりそうですね。」

「ごめん、頼りにしてる。」

「それが私の仕事ですから。できれば私が暇にならないようにして下さい。」

「言ったな…?明日、覚悟してろよ。」



お弁当を食べ終えた後、愛美は緒川支部長から綺麗に洗ったお弁当箱と一緒に、無糖のカフェオレを受け取った。

(他の職員さんたちの目もあるし、支部長は支部長なりに、職場ではちゃんと上司と部下でいようって気を遣ってるのかも。)

営業所内の倉庫で緒川支部長から告白された時には、強引にキスまでされて、大嫌いな上司と付き合うなんて冗談じゃないと思ったけれど、今は“政弘さん”を好きだからこそ、緒川支部長との距離感を保ちたいと愛美は思う。

(職場であんまり仲良くしてるの、なんか違和感あるもんね。私たちの場合、ちょっと仲悪いくらいが自然と言うか…。これが今の私たちにとって、ちょうどいい距離感なのかな…。)



その夜、愛美は“政弘さん”と電話で話した。

慰安旅行の自由行動の時間は二人で回ろうと約束していたけれど、職場を離れても会社の行事なのだから、やっぱり恋人として二人きりになるのはやめようと愛美が言った。

愛美と行きたい場所があった“政弘さん”はガッカリしていたけれど、人の目や噂話の怖さも身をもって知ったし、お互いのためにそうした方がいいかもと言った。

「でもね、政弘さん。いつかホントに、二人で旅行に行きたいです。」

「うん…絶対行こう、二人だけで。」


職場では少し距離を置く分、二人きりの時は目一杯愛美を甘やかして、1ミリの隙間もないほど思いきり抱きしめようと“政弘さん”は思った。