その夜。

入浴を済ませおそろいのルームウェアを着て、二人でベッドに横になると、愛美はこんな話をした。


「私の両親は、結婚して30年経った今でも、お互いの事を“さん”付けで呼んで、敬語で話します。」

それを小さい頃から見ていたからなのか、そこに違和感はまったくないらしい。

子供の頃はむしろ、よその家庭で当たり前のように交わされている会話に違和感を持ったという。

大人になるにつれ、両親を見ていると、二人が人としても教師としても互いに尊敬し合い、夫婦として信頼し合っているのだと思うようになったと愛美は言った。

二人の間には、親しいからこそ大切にしたい礼儀とか距離感があって、それをとても大事にしている。

言葉には出さなくても、二人は互いにとても深い愛情を示しているし、時間の流れがそこだけは違うのではないかと思うほど、二人が一緒にいる時の空気は柔らかく穏やかだ。

そんな両親を見て育った愛美は、“いつか自分も愛する人と出会って、両親のような夫婦になりたいと思うようになった”と言った。


その話を聞いて“政弘さん”は、“いつか自分が愛美の理想の夫婦の夫になりたい”と言い掛けたけれど、やめておいた。

今、愛美にそれを言うのは時期尚早だ。

おぼろげに夢見る甘い結婚生活と、同じ未来に向かって共に歩く現実は、きっと違う。

いつかお互いが現実的に結婚を考えられるようになったら、改めて言おうと思う。

お互いが安心してすべてを委ねられるような、揺るぎない信頼関係を築けたら、愛美の両親のような夫婦になれるだろうか。