負けた。
左手首から流れる血を見て、私はなぜか笑っている。
この傷が、唯一私を頑張っていると認めてくれる、目に見える証拠だった。
いわば、花丸のはんこのようだ。
私の笑いは少し不気味だったかもしれない。
でも、無理にでも笑わなければ、パンクしそうだった。
頬に冷たいものが触れる。
一瞬、時が止まる。
幻覚…か。
私はカッターを握りしめたまま、ただただ泣いていた。
腕に傷はない。
よかったような、そうじゃないような。
私は理性で、間違っていることをしようとする、この手を止められた。
でも、それは同時に、逃げ場のないことを示唆していた。
所詮世の中は1人だ。
1人で生まれ、1人で死んでいく。
そんな風に思ったことは、一度もない。
でも今、私のこの涙を知っている人がどれだけいるだろうか。
今、この涙を拭ってくれる人が一体どこにいるだろうか。
世界で1人ぼっちになった。
そんな気分だった。
今すぐ会いに来て。
夜勤のために眠っている彼に、どうしてそんなことが言えるだろう。
流れる涙を、私は治まるまで拭い続けた。
そして言うのだ。
「こっちは心配ないよ。」
と。
これでいい。
七夕の短冊に書いた彼の願い事。
「彼女を幸せにできますように」
そんな風に願ってくれる彼がいる。
私は幸せ者なのだから、見て?と言える手首でなければ。
そう思った。
家出した日にこっぴどく怒鳴られて約3週間。
リスカしない新記録が更新されようとしていた。
負けるな負けるな…。
ただひとつだけ言い訳が許されるのなら、リスカは生きるための手段だった。
方法が間違っていることなど、誰もが知っていた。
この目まぐるしい世の中で、自分を見逃さないで、私はここにいる、置いていかないで、そう思ったらこうゆう手を打つしかないこともあるのだ。
人に迷惑をかけず、自分にずっしりとのしかかった重荷を解消しようとしたら、こうするしか思い付かないこともあるのだ。
やっぱりバカがする言い訳だ。
やめよう。
負けるな負けるな…。