「水野を裏切るようなことはしてない。俺は、お前のことしか好きじゃない。本当にあの女とは何もなかったんだ。信じてくれ」



 眉を寄せて、疑わしげに見られるだろう。


 その時に、視線を逸らしたりしたらダメだ。


 自分に言い聞かせる。



「そういうことだったの?やっぱり榊田君は優しいね」



 だが、俺の予想に反する反応。


 あっさりと、笑顔で返された。


 呆けながら、恐る恐る聞いてみる。



「……信じてくれるのか?」



 水野は気分を害したようで、むっ、と唇を尖らす。



「何?私が榊田君の言うこと疑うとでも思ってたの?榊田君は私に嘘吐いたりしないわ。そうでしょ?」



 本当に、こいつは馬鹿だ。


 正真正銘の馬鹿。


 こんなにあっさりと疑いなく信じるなんて。


 こいつの信頼を裏切っただけでなく、嘘を吐いている俺には、苦々しいことこの上ない。


 全てをぶちまけて、許しを請いたくなる。


 だが、水野を好きだと言いながら、他の女と関係を持った俺をこいつは理解できないだろう。


 真実を話せば終わりだ。


 俺のことを信じてくれなくなる。


 もう、こんな苦い体験はごめんだ。


 絶対にごめんだ。


 水野以上に馬鹿な自分に気づいて、苦笑がもれた。


 そんな俺を水野が訝しげに見る。



「そうだ。お前に嘘吐いたりしない。正直なところ、信じてくれるか気がかりだったがな」



 すると水野は怒って、俺の手を振り払おうとする。


 その手を再度ぎゅっと、強く握り締める。



「あのな。これもお前のことが好きだから不安になるんだ。俺は、お前のこと、どうしようもなく好きなんだぞ?」



 水野は、瞬きを数回すると、頬を赤く染め、ぱっと視線を逸らした。



「仁のこと忘れなくて良い。そもそも忘れさせようとしていたのが間違いだった。そういうお前もひっくるめて好きなんだ」



 もともと、仁のことを追いかける水野が好きだった。


 そのひた向きな姿が好きだったのに。


 俺はことあるごとに、仁を早く忘れろだの。


 忘れるために二人で会うのは控えろ。


 仁のことを考えるな。


 写真を飾るのはやめろ。


 思い出話をすれば、仁中心主義で鬱陶しい。


 そんなことばかり言っていた。


 これは水野を否定する発言だったのに、それには今まで気づかなかった。



「……私、仁くんがずっと好きだし。ずっと特別なんだと思う」



「だろうな。それで良い。お前らしい。しつこいところが。お前のそういうところ良いと思うぞ」



 そう言うと、水野はとびっきりの笑顔で笑った。


 久しぶりに見た笑顔だった。


 二ヶ月分のマイナスイオンだ、何とも心地良い。


 これで、とりあえずは一件落着と水野の手を離し、立ち上がる。



「夕飯食べていけよな」



 水野は今食べたばっかりで、そう食えないだろうが付き合ってもらおう。



「夕食私が作るよ。何が良い?」



「今日は休んでろ。明日、卵焼きを作れ。大量にだ。それでチャラにしてやる」



 ちゃっかり、明日の約束を取り付ける。



「任せて。何でも榊田君が好きなもの作るよ」



 こうして、また俺たちは一緒に夕食を取るようになったのだ。