華麗なる人生に暗雲があったりなかったり





「水野」



 思考にふけっていたが、それだけはわかった。


 今、謝らないとダメなことだけは。


 水野は振り向いて、小首を傾げた。



「悪かった。言い過ぎた」



 すると、水野はふわりと笑った。


 俺が好きな笑みだ。


 陽だまりにいるような温かく優しい。


 だが、今そんな顔をして欲しいわけじゃなかった。


 傷つけた俺に向ける笑みじゃない。



「ヨーグルトちゃんと食べてよね」



 やっぱり水野は笑った。


 水野が歩き出したと同時に、上原が席を立つ。



「小春も小春だけど。あんた、救いようのない馬鹿。一生片思いで終わるわね」



 ふん、と鼻を鳴らし上原は水野を追いかけた。


 水野から貰った、ヨーグルトに目をやる。


 苺のヨーグルトだ。


 あいつは週一回これを食べるのを楽しみにしていた、一年の頃から。


 ささやかな贅沢らしく、いつも嬉しそうに食べていた。


 そんな水野をいつも単純だな、と思いながら可愛いくも思っていた。


 広也から、誕生日だと聞いてそれを俺にくれたのだ。


 週一回の楽しみにしていたものを。


 ささやかな贈り物だ。


 贈り物と言うのはおこがましいほどに。


 でも、嬉しかった。


 水野が自分の楽しみを不意にして、俺にくれたことが。


 それなのに、傷つけた。


 最悪だ。


 深いため息を吐く。


 俺じゃない。


 広也と瀬戸がだ。



「落ち込むなら、最初から言うなよな」



 広也は頬杖をつきながら、呆れ果てている。


 瀬戸も立ち上がりながら、奥ゆかしく微笑む。



「榊田君って、謝罪の言葉は一つしかないのに、傷つける言葉はたくさん持っているのね」



 控えめな振りをして容赦がない。


 素晴らしい嫌味だ。


 こいつは核心を突く。



「謝罪の言葉なんて、そもそも少ないだろ」



 椅子にもたれかかり、髪を掻く。



「そうだね。だからこそ、傷つける言葉をなるべく使わないようにするべきなんだと思うよ」



 それだけ言うと、瀬戸も立ち去った。


 三限はサボり決定だ。


 この気分では出る気がしない。