わたしは元婚約者の弟に恋をしました

「それは解説が少ないから、初心者ならこっちのほうがわかりやすいと思うよ。まあ、基礎ができているならそっちのほうがいいだろうけど」

 わたしは受け取り、中身を確認した。確かに彼の言うように解説が丁寧に書かれていてわかりやすい気がする。

「買うときは参考にするよ。今日は戻すね」

 わたしは彼にそう伝え、本を二冊とも本棚に片づけた。

「先輩はデザイン事務所勤務なんだよね。転職でも考えている?」

「少しね。わたしって今の仕事辞めたら、資格もないし、今の職場で働いていたという経歴しかないから何かないかなと思ったの。だから、何か違うことを勉強してみようかな、と思ってね」

 なぜ簿記かといえば、食いつぶしがききそうというイメージがあったからだ。

「今の仕事もすごいと思うけど」

「そうでもないよ。この前一緒にいた女の人いるでしょう。わたしはあの人のアシスタント的な仕事をしているだけで、全然だめなんだ。本当にただ勉強させてもらっているってだけで、給料に見合った仕事なんてできていないの」

 今日一日ずっとそんなことを考えていたからか、するりと本心が零れ落ちていた。わたしは慌てて口を押えた。

「ごめんね。そこまで言うつもりじゃなかった」

「いいよ。誰にも言わない。あの時の人って、あの人って高橋仁美さんだよね」

「知っているんだ」

「たまにインタビューをされているのを見たことがあるよ」