わたしは元婚約者の弟に恋をしました

 仁美のことは今の会社に入る前から知っていた。彼女の叔父が有名なデザイナーだったのもあるが、若手の注目デザイナーとして注目を浴びることも少なくなかった。

 たまたま就職の時期にあの会社での募集を見かけて、飛びつくように反応をしてしまったのだ。あの事務所に入れば、わたしも仁美のようになれる、と。

 けれど就職した現実は、わたしの想像していたものとはかけ離れていた。

 わたしは井の中の蛙どころか、仁美の足元にも届かない存在だと知ったのだ。

「仁美」

 わたしは聞きなれない友人を呼ぶ声に反応して顔を上げた。

 すると、そこには長身で端正な顔立ちをした、落ち着いた物腰の男性が立っていた。

 彼は小走りにこっちまで来る。

「陸人?」

 仁美は目を見張ると、彼を見た。

「珍しいね。この時間に」

 そういった仁美の視線がわたしに移る。

「ほのかは初めてだったよね。この人、松永陸人。わたしの幼馴染なの」

「幼馴染?」

「近所に住んでいて、叔父さんとも顔見知り。最近は忙しくてなかなか会えないけどね」

 仁美はそう大げさに肩をすくめた。