彼はそっと唇を噛んだ。

「全く、こんなに冷たくなって」

 彼はわたしの腕を引くと、強引にベンチから立ち上がらせた。

 そのとき、さっきわたしを見て笑っていた女の子たちが唖然とした様子でわたしと彼を見ていたのが目に移った。

 そのまま彼はわたしを公園の外に連れ出した。そして、わたしの変える方向と逆方向に歩き出した。

「どこに行くの?」

「今から夕飯を食べて帰るから、付き合ってよ。これでおごるから」

 彼はそう言うと、わたしが渡した封筒を見せた。

「いいよ。そんな」

「いいって言うまで、手を離さないよ」

 彼はそう得意げに微笑んだ。

「それにわたし恋人がいるから」

 彼を恋人と称していいのかは分からなかったが、正式に別れてはいない。

恋人がいて、他の男性と一緒に食事に行くというのはどうなのだろう。もっとも今の職場だと常に仁美が一緒にいてくれたし、男の人と二人で食事をする機会はなかった。男友達がいないため、仕事以外でそうした悩みを持つことはなかった。