わたしは元婚約者の弟に恋をしました


「恋人にでも振られたんじゃない?」

 彼女たちは「悪いよ」、「やめなよ」と否定的な言葉を紡ぎながらも、くすくすと笑っていた。

 わたしの体がかっと熱くなった。彼女たちに笑われたからではない。あの雄太に結婚してくれと言い放った女性とのシーンを思い出したためだ。

 やっぱり帰ろう。

 そう唇をかみしめ、仁美に「今から帰る」とメールを送ろうとして携帯を取りだした。

 だが、携帯を手にしたわたしの手に別の手が重なり合った。

 顔をあげると岡本さんが立っていたのだ。

「何でこんなところに。まさかあいつと」

「違うの。岡本さんを待っていたの」

 そう口にしてあいつという言葉に首を傾げた。

 仁美のことを言っているのだろうか。

 彼は眉根を寄せた。

 わたしは鞄から封筒を取り出し、彼に手渡した。

 封筒自体は亜津子からもらったものだが、中身は一万円札に入れ替わっていた。

 彼はそれを受け取り、中身を確認して眉をしかめた。

「これって」

「岡本さんにこの前払ってもらったから、返そうと思って待っていたの。昨日、忘れていて、ごめんね」

「別にこんなものよかったのに」

「ダメだよ。お金のことはしっかりしておかないと。それにこんな大金なんだから。本当にありがとう」