わたしたちがバス停に着くのを待っていたかのように、すぐにバスが到着した。

「乗れよ。あと、これを貸してやる」

 彼は閉じただけの折り畳み傘を差し出した。

「でも、あなたも困るでしょう。わたしの家はバス停から近いから平気」

 それは彼に気を遣ったわけでもなく、本当のことだった。

「気にしないで。先輩が風邪でも引いたほうが辛いから」

 彼はそう優しい笑みを浮かべた。

 わたしたちがそんなやり取りをしている間に、他の乗客がすでにバスに乗り込んでいて、バスの乗客や、別のバスを待っている人たちの視線がわたしと彼に集中していた。

「早くしないと、他の人たちが困っているよ」

 彼は強引にわたしに傘を握らせ、背中を押した。わたしは足をふらつかせながら、バスの扉のほうに歩いていった。バスに乗り込むと、近くの席に腰を下ろした。

 バス停に視線を送ると、まだ彼の姿があった。彼はわたしが見ていたのに気付いたのか、目を細め、手を振った。そんな彼は周りからの視線を集めていたが、彼自身、気にした様子は全くない。