仁美と会社を出たとき、会社の前に見覚えのある人がいた。

 反射的に引き返そうとしたわたしの手を、仁美が掴んだ。

「今日、大事な話があるらしいの。聞いてあげたら?」

「何でそんなこと」

「この前、連絡先をやり取りしていたでしょう。急用で、どうしても言わないといけないことがある、と。逃げ続けるのはお互いのためによくないよ」

 そのとき、別の手がわたしの腕を掴んだ。

 そうしたのは聖だ。

 彼は仁美に会釈をすると、わたしの腕を掴んで歩き出した。

 彼の足は街路時の傍で止まった。

「何かあった?」

「なんでもない」

 今、言えばいいのに、自分でそのチャンスを不意にしてしまった。

 それでもホッとしている自分に気づき、情けなくなってきた。

「だったらいいけど。ほのかさんに頼みたいことがあるんだ」

 わたしはそこで今日初めて彼の目を見た。真剣で優しい目だ。

 決してわたしを裏切らず、それでいてわたしが雄太と付き合っている間もわたしを好きでいてくれた瞳。

 そんな彼の目が大好きだった。それなのにわたしは彼を裏切っていた。最初から。