わたしは元婚約者の弟に恋をしました

 わたしはケーキの先端を切り、口に含んだ。チョコレートのほんのりとした甘みが口の中に緩やかん広がっていった。

「おいしい」

 それはお世辞ではない。率直にそう感じとった。同じくらいの価格のケーキを買っても、同等の味は見込めないだろう。一・五から二倍の価格をとっても、十分通用しそうだ。


「俺もおばさんの作るケーキは結構好きだよ。子供のころ、よく食べさせてくれたんだ」

 彼は少年のような笑みを浮かべると、シュークリームに口をつけていた。

 シュークリームもおいしそうだ。そっちを選んでもよかったかもしれない。


「ごめん。食べる前だったらよかったんだけど」

「そんなつもりじゃないの。本当、どれもおいしそうだよね」

 岡本さんが申し訳なさそうに言うのを見て、わたしは慌てて弁解した。

「持ち帰りもできるから、言ってくれればごちそうするよ」

「大丈夫。でも、両親へのお土産に買おうかな」

 わたしは軽々しく両親と言ってしまったことを後悔した。彼の家庭環境がわたしが考えていた以上に複雑なのに気づいてしまったからだ。