わたしは元婚約者の弟に恋をしました

「大丈夫ですか?」

 わたしは予想外の言葉にもう一度驚き彼を凝視した。だが、心の中を見透かされたような問いかけに、わたしはびくりと体を震わせた。その驚きはわたしを現実に引き戻し、再び視界がぼやけはじめた。

「大丈夫です」

 こんなところで泣くわけにはいかないと、ケーキの箱をつかみ、その場を立ち去ろうとした。

 だが、彼の傍を通り過ぎようとした直前、不意にショルダーバッグを持つ手をつかまれた。

 その大きな手に、どきりとして反射的に彼を見た。

 彼は淡褐色の瞳を見開く。

「泣いて」

「離してください。警察呼びます」

 実際にそれで警察が来てくれるのかはよくわからないが、彼の行動を抑制するには十分だったようだ。彼の手がわたしから離れた。

 わたしはそのまま公園を一目散に立ち去り、先ほど出て来たばかりの駅に戻ると、タイミングよくやってきた電車に飛び乗ったのだ。