気をつけてねと、付け足して。
あとは名瀬を見送るだけだと思ったのに……。
名瀬は、うつむいたまま動かない。
どうしたんだろう。
傘が気に入らなかったんだろうか。
ストライプがダメだった?
どうかしたのか聞こうとした時、ようやく名瀬が動いた。
なぜかローファーを脱ぐ彼女は、まだうつむいたまま。
何か忘れ物かと、部屋を振り返ろうとした時。
細い腕が伸びてきて、俺の体にぎゅっと、しがみついてきた。
小さな頭が、胸に押し付けられる。
心臓が一瞬、止まった気がした。
「名瀬……?」
「……いる」
「え?」
微かにに聴こえた声は涙声。
固まりながらドキリとする俺に、名瀬はぐりぐりと頭をこすりつけてきた。
「どこにも行かない」
「な、せ……?」
「ここにいる……っ」
ここに。
そう言って、俺を抱きしめる腕に力をこめる名瀬。
ここって、どこ?
この部屋ってこと?
それとも、俺の腕の中ってこと?
俺の傘の、中ってこと……?
名瀬を、抱きしめる。
細い肩に、どのくらいの力をこめていいのか迷いながら。
少しでも間違うと、この幸せが、砂のように崩れ、煙りのように消えてしまう気がした。
「……嫌いになる必要はないよ」
「……うん」
いつか言った、
名瀬の問いに対する答え。
「ただ、俺のことを好きになって」
そうしたら、
俺が君を、涙から守る傘になろう。
END



