それからのことは、あまり覚えてない。

兄弟姉妹のいない私は、近親相姦という言葉の禍々しさを持て余した。

……兄と妹が愛し合う……。

ダメだ。
想像つかない。

私は、独り、悶々とした。



夕方、朝秀先生は野木さんと私を、アトリエの最寄り駅ではなく、神戸まで送ってくれた。
プレゼントしてくださった額入りの版画が重いから、って言ってたけど……ほんとは、私が魂を抜かれたみたいにボーッとしてたから心配してくれたんだと思う。

「さくら女、熱あるみたい。大丈夫?風邪ひいた?」

野木さんにそう聞かれて、私は首を傾げた。

「……わかんない。……しんどくは、ないよ。」

そう言ったら、運転席の朝秀先生が言った。

「遅くまで引き留めてしもて、疲れさせたんやな。ごめんな。……次は、うちに泊まってくか?一日で往復するん、しんどいやろ。」

泊まる……。
さすがにそれは……。

返事に窮してると、野木さんが元気いっぱいに言った。

「やったー!今度は、明田さんも誘って泊まりたい!……小門兄も、誘う?」

……誘っても来なさそうだけどね。



「ほな、ありがとう。マカロン、めちゃうまかった。……お母様にも、よろしくお伝えください。ごちそうさま、って。ほな。また。」

うちのマンションの前で、まだ野木さんの乗った朝秀先生の車を見送った。

エレベーターに乗ってから、スマホを取り出した。

……着信履歴が……8件?

驚いて見てみると、全て、光くんのお家からだ。
と、いうことは、薫くんからかな?
とりあえず帰宅してから電話してみよう。

「ただいまー。これ、もらっちゃった。」

早速ママに版画を見せた。

白と黒の桜のエッチングは、やっぱり、何度見ても素敵。
桜なんてありふれてる題材なのに、どうしてこんなにも気品があって、深みを感じるんだろう。

……朝秀先生の本質が投影されてるのだろうか。

ママは、じっと見て、苦笑した。

「わかっちゃった。この桜。御所の北側の公家屋敷の桜でしょ?早咲きの。……まだ寒い夜に、一本だけ咲き誇ってるの。凛とした気高い桜の木よ。」

え!

「知らない知らない。そうなの?今度、聞いてみる。……朝秀先生のアトリエ、すっごい山の中の集落で、遠かったの。だから、次に見学するときは、泊まりがけで行ってもいい?野木さんと、明田先生と、……光くんは誘っても来ないと思う。」

恐る恐るお伺いをたてると、ママは即答しなかった。

「……うーん。さすがに、それは……。」