「……わかんない」


「だろ?そういうところが」


「触れさせてもらえる物が綺麗だっただけで、わたしが綺麗なわけじゃないもん」


俺の話を遮って、少し早口に言う。


もしかしたら、詞織は他人に分析をされるのが嫌いなのかもしれない。

自分とは違う“詞織”を指されると、すぐに否定をする。


ごめん、それでも。

詞織は綺麗だ。


「朔、あのね」


ふと、視線を足元に落とした詞織が、声のトーンを低くする。

やけに緊張してしまうのは、聞きなれない声の高さだからか、それとも、聞きたくない“何か”があるからか。


「わたし、来月からしばらく会えない」


それは、俺が無意識に危惧していた事ではなく、拍子抜けするような、けれど聞き捨てならない一言。


「待て待て待て。どういう事だ」


「えっとね、まだ正式な許可が出たわけじゃないんだけど、今度の検査の結果次第で家に帰れるかもしれなくて」


「それで会えないってなんだよ」


「わたしの家、田舎の方なんだ。周りに何も無いから、遊びに来てもつまらないと思う。だからちょっとだけ会えない」


この間、前回一時帰宅が許されたのは半年前で、それもたったの3日間だけだったと言っていた。


しばらく、という事は少なくとも3日間以上の帰宅になる。

その間、1度も会えない…と?


「そうかよ。詞織は俺がいなくても母ちゃんと父ちゃんがいればいいんだよな。ふーん」


いや、何言ってんだ俺。

詞織の両親相手に子供じみた嫉妬してどうする。


かっこ悪いとか思ったって、詞織は多分首を傾げるんだろうけれど。


「お母さんはいないよ」


空気が凍るわけでもなければ、気まずい雰囲気に一転するわけでもない。

ただ、曇り空の隙間から差した陽光が磨き上げられたガラス窓を透過して、詞織の横顔に光の筋を作った。


その一筋を追うように、初夏の陽射しが目に追えない速度で飛び込んでくる。

詞織は慣れた手付きでブラインドを下ろして、少しだけ言いにくそうに口を開く。


「産後の肥立ちが悪かったんだって。一緒に過ごしたのは多分3週間くらい」


自分の事には無頓着なくせに、人の事を話す時はそんな顔をするのか。

伏せた瞳に、薄らと涙の膜が見えた、気がした。