空気がじんわりと熱を持ち、夏の気配が日に日に近付いてくる。


雨量に比例して湿気が多い梅雨の時期に、憂鬱な気分を発散する事が出来る唯一の場所がある。


「朔!」


ぴょん、と定位置のソファを下りて、親鳥の帰りを待ち侘びたヒナのように寄って来る詞織の頭を軽く撫でる。

いつからだろう、こうして頭を撫でるのが癖になったのは。

まだ詞織がパジャマで行動をしていた時だと思う。多分半月くらい前だ。


詞織は5月半ば辺りからTシャツを着るようになったけれど、その上には必ずカーディガンを羽織っている。


6月に入って、雨が多くて中庭には出られない、けれど病室は知られたくないからと、詞織が待ち合わせの場所に指定したのは、受付のあるロビーの片隅。


病院は第2の我が家のようなものだと胸を張っていた詞織は、驚くほど院内の事を知り尽くしている。


行っていい場所といけない場所はもちろん、人の少ない場所や静かな場所を把握しきっているんだ。

どこの自動販売機が安くて得だとか、呼吸器科のクマに似た先生はよくお菓子をくれるだとか、いらない情報も時々あるけれど。


「テスト返ってきた?」


「…いらん事言うんじゃねえよ」


もうすぐ期末テストがあるからと話をした時は、勉強時間を削る事になるから来ないでと、偉そうな口振りで俺の事を追い払ったくせに。


結果だけ聞こうとするのは卑怯だろ。


「朔は地頭が良さそうなタイプだよね」


「褒めても言わないからな。てか褒めてんのかそれ」


「朔がどんな人なのかわかると嬉しいだけだよ」


褒めるとか貶すとか、そういうつもりではないらしい。


人を騙した事がなく、騙された事もなければ詞織のような人間になるんだろうか。それは少し、違う気がする。


「詞織は純粋培養って感じだな」


「なにそれ?」


「綺麗な物しか知らなくて、少しでも汚れている物には触れない、みたいな」


培養、ではないか。

詞織が純粋で素直に育ったのは、周りの影響の他に彼女自身の性質でもあるはずだから。