きみと、春が降るこの場所で



「本当なら、朔くんにはもう詞織に関わらないでくれと言うべきなのかもしれない。君が詞織を大切にしてくれているからこそ、これからの時間は君にとって苦痛になる」


「苦痛って…」


なにが苦痛なんだよ。

詞織が眠れば、俺が起こせばいい。


多少寝起きが悪くても、揺さぶって頬を抓れば、起きるはずだ。


「ゆっくり時間をかけて、詞織は何をしても起きなくなる。痛みも感じないほど深い眠りにつく」


「そんなの、どうとでもなる。生きてるんだから、起きないなんてありえない」


理屈がまかり通っているようで、屁理屈を言っている事はわかっている。


一番そばで詞織の事を見てきた人が、はっきりと断言しているのに。

言いたくない事を、言わせているのに。


それでも諦めたくはない。

何も出来ないだろう、俺は詞織に。

何もかもをくれた詞織に、何も出来る事がないんだ。


もどかしくて、けれどそれ以上に、詞織が悲しむ事が辛い。


「私は朔くんと詞織が羨ましいよ」


張り詰めた空気が弛緩して、彰さんがどっと深く息を吐き出す。


「羨ましい?」


急に何を言い出すんだ。思い切り訝しげな目を向けると、彰さんが違うんだと片手を振る。


「詞織は朔くんがいてくれて幸せ者だね。朔くんも詞織といて嬉しそうだから、私も嬉しいよ」


「…そりゃあ、俺も幸せですけど」


「はー、暑い。朔くんのせいで暑い」


「何言ってんですか!」


ネクタイを緩めながら片手で顔を扇ぐ彰さんを睨み付ける。

それさえ軽く笑って流すほどの余裕が羨ましいのは、俺の方だ。