「おはようございます、神田さん」


事務課に置いてある6つの電話の受話器を磨いていたら、いつの間にか後ろに誰か女の人がいて俺に声をかけてきた。
営業課の社員は何人か出社してくるのを見たけれど、朝イチのアポなのかすぐに出ていったから、事務所には俺しかいないと思っていた。
だから余計に驚いた。


振り返ると、入社1年目の受付の東山美穂さんが笑顔で立っていた。
そして、手に持っていたコーヒーカップを俺のそばにそっと置いたのが見えた。


「お茶じゃなくてコーヒーなんですけど、良かったですか?」

「え?俺に?」

「はい」


東山さんは朝だというのに眠そうな顔も見せずに笑っていた。


「毎日誰よりも早く事務所に来て、掃除してくれてますよね。だから、これくらいさせて下さい」

「あ、あぁ……。ありがとう」


お礼を言ったら東山さんは軽く会釈して、俺の元からいなくなった。


1年目の女子社員は毎朝必ずやる仕事がある。
それは、出社してくる社員たちに熱々のお茶を出すことだ。
東山さんの他にももう1人受付の子がいるんだけど、彼女はいつも東山さんにその雑用を任せきりというのはなんとなく知ってはいた。
だけど当の東山さんは、そんなのは気にしない様子で1人で毎朝お茶をいれては配っている。


本来なら俺もお茶をもらうんだろうけど、きっとまだ他に誰もいないからコーヒーをいれてくれたんだ。