奈々は産まれたての赤ちゃんを見れたからか、壮絶な出産エピソードを聞いたからか、いつもより少しテンションが高かった。
とりとめの無い話を楽しそうに笑いながら話す彼女を、永遠に見ていられるような気さえした。


そう、永遠に。
たぶん、死ぬまで見ていられるような。


「あのさ、奈々」


周りにはもちろん、喫茶店でお茶を飲む客はたくさんいた。
ざわめいていて賑やかなスペースの中で、俺は彼女と2人だけの空間を勝手に脳内で作り出して口を開いた。


「結婚………………してもらえないかな、俺と」


その瞬間、奈々が息を飲んだのが見えた。
上品にメイクを施された瞳を何度も瞬かせて、夢か現実かと混乱しているに違いない。
戸惑いは俺にも伝わってきた。


あぁ、俺も親父のこと言えないな。
病院の喫茶店の中で、あまりにも雑踏にまみれている中で。
とても大切なことを、さも普通に思いついたように言ってしまった。


だけど、俺はたしかに親友の赤ちゃんを腕に抱いた時に感じたのだ。
『家族になる』ということの、素晴らしさと温かさと、責任を。
それを彼女に伝えたい、という気持ちで溢れてしまった。


「こんな場所で、ごめん。今まで言えなくて…………ごめん。なんにも用意してなくて………………本当に、ごめん……」


俺は謝った。
目の前の彼女を待たせ続けたことを。


「どうしても踏ん切りがつかなかった。結婚したいという気持ちだけじゃ足りないものがあったから……」

「足りないもの……?」


奈々は動揺し切った目で、小さくつぶやくように聞き返してきた。